『文化』政策方針

維新政党・新風本部政策委員会
平成十一年二月


 文化とは民族の歴史的営為の蓄積であり、本来、政治が権力によつて文化を操作することは慎むべきである。我が国の文化にとつての象徴であり根本をなすものが、国語であり神社であるが、占領政策及びそれへの便乗政策によつて国語も神社も変質せしめられた。史は文なり。終戦直後の悪しき国語改革は、一貫した文章表現様式を否定して表現法の混乱をもたらし、話し言葉の乱れも招くこととなつた。その結果、わずか五十年前、百年前の文章が読めない書けない日本人が輩出され、いはんや古典においては専門家にしか理解されなくなつてしまひ、祖先との歴史的一体感を喪失してしまつた。また、神道指令による神社と国家の完全分離政策は、神社をして宗教上の一派に貶しめ、伊勢神宮を始めとする神社祭祀の公的性格を否定したことは、戦後文化の大きな負の遺産である。

 昨今、若者文化なる浅薄な社会現象がマスコミなどでもてはやされてゐるが、これらは悪しき商業主義に毒された結果に他ならず、文化に似て非なるものである。世代の断絶は文化の断絶であり、文化の断絶は歴史の断絶であることを踏まへ、政治が改悪した国語の正統性の回復は政治をもつて行はねばならない。そして、伝統的文化を基盤とした新しい文化を創造して次代へ継承することが現代に生きる国民の使命である。

【国語の尊重】

 戦後の国語政策では、使用上の利便性を目的として漢字の字体変更と使用字数制限を行ひ、仮名遣ひにも変更を加へてゐる。国語は、文化的特性が端的に表はれる分野である。特に我が国の言語は、漢字・平仮名・片仮名を使用することによつて多様な表現が可能となり、その日本人独特の微妙な感情表現が日本文化の一つの特性となつてゐる。よつて、正統な国語への回復が一日も早く望まれるところであるが、現行の国語も実施されて既に五十年を経過してゐることに鑑み、緩やかな回復を目指すしかない。

 そのためには、(1)漢字の使用制限は撤廃すべきである。但し、学校で覚へるべき最低基準は設けるべきである。そして、漢字は本来の意味を失はない範囲において簡略化されて良い。(2)現行仮名遣ひは古文との一貫性において、歴史的仮名遣ひに改めるべきである。公文書での左横書きは、右縦書きに是正すべきである。

【政教分離の見直し】

 祭祀や宗教が生活に密着した伝統文化を形成することは古今東西の習ひである。戦後移入された政教分離の原則は、西欧において政治に宗教が介入することを排除するために確立された原則であり、我が国ではこれが誤つた解釈のもとに適用されてゐる。人間社会の中で無神論者が特異な存在であるやうに、国家が祭祀や宗教と全く関はりを持たないのは逆に異常であり、世俗を超えた至高のものが存在するといふ意識は、権力や文明の限界性を意識させる点において人間社会を健全なものとする。特に皇室を敬戴する我が国においては、神道に基づく宮中祭祀が国家成立の根幹とも言へ、祭政一致が国民精神の根源に位置づけられる。従つて、我が国での祭政一致の現代的あり方と政教分離との混同を正常なものへと改めなければならない。その意味でも靖国神社への首相の公式参拝の実現が急務である。

  我が党は、皇室の宮中祭祀は国家の最重要公事であることを明確にし、伊勢神宮・靖国神社・護国神社は祭祀特別法人とする。国民の信仰の自由は憲法によつて保障し、政教分離は国家の基本原則とするが、国や地方自治体が伝統的社会通念として祭祀に関与することは是とする。

【新しい文化の創造】

 我が国では、儒教や仏教、明治以降のキリスト教の受容とともに様々の文物が移入されたにも関はらず、我が国の根源的価値観が大きく変容されることはなかつた。古いものは古いなりに、新しいものは新しいなりに取捨選択され同化され、日本文化の重層的構造を形成してきた。このやうな文化のあり方は、単一のものを絶対的なものとするのではなく、複数の価値の並立を許容する特質を持つてゐる。

 戦後の我が国社会は余りにもアメリカナイズされ、伝統的な文化が持つ醇風美俗までが省みられなくなつた。我が国の歴史や伝統の中にある価値観や思想を再評価し、日本文化の持つ特質に基づいた現代文化を創造しなければならない。そのためには、伝統的生活・時間感覚に基づいた年号表記(元号優先尊重)の存続と、祝日法改正による伝統的祝日の再興を先づ図り、欧米崇拝や利便性・経済至上に流されがちな国民精神の意識変革が必要である。