『経済』政策方針

維新政党・新風本部政策委員会
平成十年二月

一、戦後経済政策の総括

 大東亜戦争敗戦後のわが国政府は、戦時下で壊滅状況となつてゐた経済の復興を図り、国民を飢ゑから救ふことを内政の第一義とし、占領軍による占領政策の一環としての経済体制改変(財閥解体・農地改革・労働改革)に応じた。逼迫した日本経済を傾斜生産方式でどん底から這ひ上がらせた経済安定本部は、占領政策に積極的に乗じて経済復興に邁進した。朝鮮戦争特需も追ひ風となり、経済復興は順調に進展し、昭和二十七年四月二十八日の再独立を迎へることができた。

 しかし、この時既にわが国政府の日本再生方針は歪なものと化してゐた。即ち、占領下の経済復興優先策の著しい成果が、国家主権回復(国軍再建)意識の希薄化をもたらしてゐたのである。その基調が以後今日にまで至つてゐる。戦後政治五十年の諸矛盾の根底にある、戦後民主主義といふ悪しき時代精神の源である。

 経済的にはとにもかくにも焼跡に建物は再建され、疲弊した国民生活も徐々に貧しいながらも日常の安定を取り戻して昭和三十年代へと移行し、戦後はもはや終つたとも言はれ始めた。日本経済はアメリカの庇護の許ながら着実に上昇気流に乗り、敗戦による賠償金なども確実にアジア諸国へ支払ひ続けることができた。

 昭和三十五年の岸政権による日米安保条約改訂は、国家主権放棄の占領憲法体制(戦後体制)をも改める契機を得るべく企図されたものではあつたが、戦後民主主義は、まさに時代精神として定着してをり、岸政権は退陣を余儀なくされた。いつときの国家意識回復への試みは、これを最後として絶へて了つたのである。岸政権後の池田政権は、所得倍増政策を掲げて復興から成長へと目標転換した路線をひた走りに走り始めた。戦前からのわが国経済の体質である輸出主導型が一段とその性格を強めながら、わが国経済は戦前レベルに復して、ヨーロッパの背後に迫りつつあつた。しかし、未だ国際的日本製品の評価は安からう悪からう でしかなかつた。

 重厚超大型産業を牽引車としながら、昭和三十九年の東京オリンピックから昭和四十五年の大阪での万国博覧会を経て昭和五十年代前半までの間、国際経済が驚異的な技術革新時代を迎へる中で高度経済成長を果たした日本経済は、二度の石油危機を乗り越えてヨーロッパを追ひ抜き、アメリカに次ぐ世界第二位の経済大国と成り上がつてゐた。既にアメリカの保護の手を離れてゐた日本経済は、次第にアメリカ・ヨーロッパとの厳しい貿易摩擦を生じてゐた。国民所得も急速に上昇し、アメリカさへもが一目を置かざるを得ない日本経済のエネルギーは、欧米の敵視の対象とすらなつていつた。その様な経過を辿つた日本経済の帰結として、昭和六十年代のバブル経済があつた。

 バブル経済は、慢心の経済であり、不健全な経済であつた。土地や株や成長が永久的に右肩上がりであるとの錯覚の中で国民の多くが浮かれ、バブルはバブルが故に弾けて終つたのである。そして平成の十年間、バブル後の処理を先延ばししてきた日本経済は、先行き全くの不透明な大不況の中で喘いでゐる。

 この復興→成長→高度成長→バブル→低迷と辿つてきた日本経済の基調は、財貨には国も民族もなく、只々経済合理性といふ損得勘定のみにあつた。しかし、中長期的に見れば、経済が国家・社会共同体と特殊な例を除いて無縁に自律できる筈もなく、昨今の日本経済がそれを雄弁に物語つてゐる。日本経済が国家主権といふ根源の価値を無視し得たのは、あくまでもアメリカの保護下にあつてこそである。アメリカの強力な競争相手となつてからは、巨大なアメリカが発現する国家意志としてのアメリカ経済に押へ込まれていくことは当然の結果なのである。そして、この状況を放置すれば、いづれわが国は決定的な経済的敗北を喫して再度占領状態に貶められる危険性がある。その様な事態を回避すべく新しい政治方針が急務であるが、それを実行する政治主体は、戦後体制派の自民党から共産党に至る既成政党には不可能であることは自明である。

二、原則的経済社会体制

  昭和時代末期にソ連東欧が崩壊し、中国・ベトナムにおける改革解放路線が現在進行してゐる中で、共産主義体制の失敗は明らかである。ソ連建国より七十年の国際共産主義運動は終息した。しかしその事が、資本主義体制の高らかな勝利とは直結しないことも事実である。

 かつての東西冷戦時代、常に東側からの批判攻勢に受け身とならざるを得なかつた西側は、資本主義体制の矛盾を調整すべく、社会主義的政策要素を積極的に導入した。資本主義の混合体制化と称されるものであり、民主社会主義路線とも称された。いづれは、資本主義と共産主義は収斂するとも評されたが、結果的には修正資本主義に統合された。現代資本主義は十分に混合的な資本主義ではあるが、資本主義の究極的存在である金融資本の巨大化などが実体経済の解体をもたらしかねない新たな矛盾に直面してをり、今改めて投機行動の許容範囲をどう設定し直すかといふ世界的問題が生じてゐる。

 政治的自由主義体制を前提とした修正資本主義体制が現代の原則的経済社会体制ではあるが、グローバル化経済の中で、世界規準といふ新たな問題も生じてゐる。経済社会の主体である文化共同体による経済運営形態の相違を認めるのか、アメリカ型の運営規準による世界統合なのかのせめぎ合ひである。ヨーロッパにおけるEUの帰趨も注目の的である。

 日本経済には欧米とは違ふ日本的経済社会の習慣や規範や規制がある。勿論、それらの中には日本経済の躍動を妨げてゐるものがあることも事実であり、改善されなければならない点は多い。しかし、改革は進めなければならないが、それは欧米型を至上として無批判に組み込まれることであつてはならない。冷静なる自己・他者認識を踏まへて、是々非々の日本経済体制が新たに構築されて行かねばならないのである。

三、経済社会の発展段階

 昭和三十年代半ばから、技術革新による文明の質的転換が世界的に生じたことは明らかである。自動車社会化、テレビ社会化、コンピューター社会化が経済発展段階に画期的な一線を印したのである。欧米・日本などの高度産業社会の先進国の後を追つてアジア・南米なども近代化といふ経済成長路線を歩み始めた。

 欧米諸国は、元来そのキリスト教文化の中から資本主義を造出してきた経緯から、近代化といふ文化と経済が相反することは比較的少ない。それに比して、わが日本やアジアなどにおいては、欧米の外交的強圧に抗するために所謂近代化といふ路線を選択せざるを得ず、その結果、伝統的文化・社会秩序の欧米化といふ変質をもたらさざるを得ないといふ相剋を抱へてゐる。経済活動の発展には社会的安定や調和が必要不可欠であるが、それには伝統的文化・社会の溶解は不安定要因でありこそすれ、決してプラス要因ではない。わが国の明治維新以来の短期間の近代化の成功には、江戸時代に醸成されてゐた日本文化の独特な経済社会性があつた。従つて、わが国においてもこれ以上の伝統的文化・社会秩序の喪失を押し止める努力が重要である。

  また、高度産業経済が自然環境を破壊して止まない性向をどう自制して、環境保全に意を用ゐるかも大きな問題である。これを超克できなければ、いづれ現代社会は自縄自縛の中で衰滅して行きかねないことは周知のことである。

四、経済構造改革

 わが国の産業構造は、終戦直後と比べ第一次産業と第三次産業との比率が逆転してゐる。特に情報産業や流通業の発達は、第二次産業の生産技術に裏付けられたものであり、わが国経済繁栄の原動力となつてゐる。反面、高度成長期の工業化・都市化による第一次産業の衰退は、特に農業にあつては著しい食糧自給率の低下をもたらしたが、それは、諸外国と比べてわが国の広義の安全保障意識の欠如をも意味してゐる。先進国において産業構造の変化は必然であるが、これまでの様な経済効率優先の切り捨てではなく、国家的生存の観点による国家戦略に基づく産業構造の保持と変化への対応によつて、均衡ある国家としての社会構造が必要である。

 また、経済成長による産業構造の変化は、政治や行政権限を巡つて膨大な数の規制をもたらした。しかし、自由競争と自己責任を経済活動原則とするならば、公共の利益に反するもの以外は原則自由とし、行政の権限至上意識や特定業者の利権から生じてゐる規制は撤廃すべきである。

  現在進行中の少子化による将来の労働力や購買力減少は、経済のみならず社会全体の大きな問題として懸念されてゐる。そのためには教育や社会環境の整備とそれを補完する税制優遇などの施策により、少子化傾向に歯止めをかけなければならない。

  国民経済の安定と発展の基本は企業活動にある。企業活動はその公共性を充分弁へて、国益を踏まへなければならない。企業が国家的・社会的責任を全うするには、企業人の倫理や責任を自覚させる社会的監視が必要である。

 わが国の経済は輸出貿易によつて成り立ち、将来においてもそれは不変であらう。その前提は相互貿易であり、相手国の産業を破壊する様な輸出のあり方を是正し、内需の拡大を図り、長期的観点からは政府の輸出管理も必要である。また、技術や資本の輸出によつて相手国の雇用創出に協力することも重要である。そして、失業率増に直結する産業の空洞化は生産コスト競争に原因があり、独自技術の開発効果と為替の安定化によつて防止する以外に手はない。また、今日問題になつてゐる外国人労働者の大半は不法滞在者であり、わが国に居住することにより様々な犯罪や治安の乱れ、文化摩擦を生じ、社会秩序を乱してゐる。よつて、外国人の不法滞在労働者の摘発は強化されなければならない。

五、土地問題

 わが国では土地に関する概念が、財産であるとともに資産運用の第二の通貨ともなつてゐるのが現状である。バブル期において顕著であつた様に、土地への投資は投機の対象となり、その有限性によつて価格は高騰する。現在はバブルの反動で土地価格は低迷してゐるが、一般庶民の購入負担は大きくなりすぎてゐる。しかも無秩序な開発や所有者の権利保護によつて、公共性が著しく阻害されてゐる場合が多々ある。その根底にある金融機関の土地本位制とでも言ふべき融資実態が改められる必要があるが、土地は値上がりするものといふ土地神話を根本的に改めるには、土地は公のものといふ価値規準を確立することが先づ肝要である。企業の生産コストや公共事業における無駄な土地コストの軽減を図るため、そして自宅購入が人生の目的であるかの如きライフスタイルを変化させるために、土地の私有権制から利用権制(土地価格管理・地目管理――都市計画他)への制度的転換が具体的に検討されるべきである。但し、これはかつての共産主義の土地国有化とは全く意図を異にすることを付言しておかねばならない。

六、国際経済政策

 戦後の経済発展が、かくも短期間に達成されたのは国際的に自由貿易体制が確立されてゐたからである。わが国の将来にとつて、今後もこの体制を維持し、擁護することが重要であることは論を俟たない。しかし、アメリカが自国の利益をのみ確保するために、アジアやわが国経済を管理下に置かうとする策謀には断固対処しなければならない。そのためにわが国の安全保障政策を十分加味しつつ、ドル決済圏から自立した円決済圏の確立をアジアにおいて図らねばならない。わが国はアメリカやEU、ASEANの動向を注視し、自由貿易体制の理念と現実を見極め、国益確保の立場からの現実的対応が必要である。

  また、国際為替制度の変動制は、その投機筋による無秩序な乱高下がもたらす実体経済の混乱を防止するために、半固定制へ移行することも一策として再検討されなければならない。実体貿易の必要外に金を金で買ふ為替投機は排除すべきである。